水尾山の湧水と酒米の金紋錦・ひとごこちが味の決め手 ―田中屋酒造店さんインタビュー―

鉄は様々なところで活用されている素材です。今回は、その意外な活かされ方について、株式会社田中屋酒造店代表取締役の田中隆太さんにお話をうかがいました。

 

田中屋酒造店は長野県飯山市にある明治6年に設立された酒造です。今回お話をうかがった代表取締役の田中隆太さんが6代目です。「水尾」という銘柄の日本酒を製造されています。「水尾」の由来は飯山市の隣の野沢温泉村にある水尾山の湧水をつかっていることによるそうです。その地方の「良い水」と「良い米」にこだわって、酒造りにあたられています。

「年間150回くらい水尾山の麓から仕込みに使う水を運んでいます。非常にやわらかい水で、それが「水尾」の飲みやすさにつながっています。

原料のお米は蔵から5km圏内でとれた契約栽培のものを100%使っています。そのお米の半分は「金紋錦」、残りの半分が「ひとごこち」という銘柄です。

お酒の出来は、お米と水で50%、蔵のポリシーと技術で50%が決まります。田中屋酒造のポリシーは「地域の感性にあったお酒をつくる」ということです。」

(田中さん)

 

水は水尾山の湧水、お米は地元の二つの銘柄とこだわりをもっておられますが、お米はなぜ二つの銘柄なのでしょうか。

「水尾という銘柄のお酒はほぼ全て辛口に仕上げています。ひとごこちはリーズナブルなお米ですが、これを使うとシンプルで太く濃い香りが出て辛口になります。金紋錦は種場が長野県木島平村にしかない長野県のトップブランドのお米で、もっとも品質も良く、価格が高い銘柄です。こちらは、複雑な香りが出て、高級なお酒をつくるのに適しています。

「水尾」の酒質は、あっさりとしたさやかな香りです。ゆえに、料理によく合うお酒です。そうなるように、酵母やお米を選定しています。」(田中さん)

 

金紋錦の栽培にあたって、「ケイカル」という土壌改良剤が使われているそうです。製鉄工程の中で、鉱石から金属を精錬した時に「スラグ」という副産物ができますが、この「スラグ」を配合したのが「ケイカル」です。「スラグ」は日本製鉄から供給されています。

「金紋錦はすべて特別栽培米で、通常基準としている半分の農薬しか使えません。飯山市周辺では通常12種類の農薬を使っているので、特別栽培米の場合は6種類しか農薬が使えないことになります。ですから、特別栽培米は有機栽培に近いお米とも言えます。金紋錦の特徴が出るように栽培方法を工夫しており、そういった制約を補うために、「ケイカル」が選ばれているようです」(田中さん)

 

水にもこだわっているとのことでしたが、水がお酒の味にも影響しているのでしょうか。

「水尾山の湧水は硬度が1.0~1.2とミネラル分が少ない軟水です。そういう水を使っているので、お酒もミネラル分が感じられないような味になるはずなのですが、ワインのソムリエによると塩気を感じるくらいミネラル感がある味になっているそうです。その要因として、旨味が出るような製造方法に特化していることがあげられます。」(田中さん)

 

旨味が出るような製造方法とのことですが、水ともうひとつこだわっているお米も旨味を出すことに貢献しているのでしょうか。

「金紋錦は旨味の濃いお米です。お酒の製造方法で旨味を出す工夫はしていますが、これにお米の旨味がからまることで、より複雑な旨味で出ているのではないかと思います。」(田中さん)

 

金紋錦という酒米にも、おいしいお酒をつくる秘訣がありそうです。

「金紋錦は長野県のお米ですが、一時期、長野県では使っていない時期がありました。そのときに使っていたのが石川県の福光屋さんで、「黒帯」や「加賀鳶」といった銘柄の原料として使っています。福光屋さんが単独契約で栽培してもらっているときに、本来の高品質の金紋錦を復活させようと研究したことが現在につながっています。その研究の中で、成分のばらつきをただすために取り組んだのが昔のつくり方に戻すということだそうです。それには農薬はあまり使わないということが重要で、それを突き詰めた結果、お米の心白中心率や整粒歩合が良くなっていったそうです。その過程で、使う肥料も工夫していったようです。」(田中さん)

 

原料のお米は蔵から5km圏内でとれた契約栽培のものとのことですが、飯山市という地域の特性があるのでしょうか、どのような理由から契約栽培をするのでしょうか。

「飯山市は、コシヒカリも特Aが取れるような地域です。米・食味分析鑑定コンクール:国際大会でも毎年、優秀賞に選ばれる米の農家が何軒もあります。なかには既に何度も受賞して殿堂入りした農家が何軒もあるくらいです。それくらい技術的にも高い地域です。

農家が酒米をつくるメリットがあるように、契約栽培にするようにしています。金紋錦の農家さんとは団体契約をしていますが、ひとごこちの農家さんとは直接の栽培契約をしているので、栽培方法などについて個別に話し合いも行いながら、より良いお米をつくるように工夫してもらっています。」(田中さん)

 

鉄の活用方法ということで、最後にコルテンについてもお話しいただきました。

「酒蔵の裏にある教会のエントランスや酒造の建物のベランダにコルテンのタイルを貼っています。コルテンは、表面だけが錆びて、完全に錆びると中まで錆びていかないというものです。教会のエントランスは美術家の田窪恭治氏と新日鐡住金(当時)がコラボレーションしたものになります。他にも、田窪氏が関わったものでは、「金刀比羅宮新茶所」でコルテンが床材に採用されたりもしています。最近では、隈研吾氏が設計した「飯山市文化交流館なちゅら」の一面の壁にコルテンが貼られています。自然に錆びる様子が美しいということ、建築物としてノーメンテナンスで良いことにより、建築家にも選ばれているようです。」(田中さん)

                                ※画像は飯山市Webサイトより引用

田中屋酒造さんでは、酒造りを体験できる「酒ツーリズム」を実施しています。北陸新幹線「飯山駅」からも近く、「酒ツーリズム」も体験しながら、裏手の教会のエントランスも見学してみたいですね。

 

田中屋酒造さんの「水尾」はオンラインでも購入可能です。

「水尾」