【特集】愛され続ける素材・鉄のハナシ〈南部鉄器職人・佐々木奈美さん×缶詰技術研究会・米山恭生さん〉

 南部鉄器は岩手を代表する工芸品で、約400年の歴史を持ちます。今日でも職人がひとつひとつを手作りでその伝統と魅力を未来へとつないでいます。

 

 そして生活の身近にある缶詰。こちらは毎日大量につくられており、年間の生産量(飲料を除く丸缶)は20万トン近くにも及びます。生産量の多さは、日々それだけ多くの人が手にしていることを物語ります。

 

 南部鉄器と缶詰。

 

 それぞれのスペシャリストである鉄瓶職人の佐々木奈美さんと、缶詰技術研究会の米山恭生さんに「素材としての鉄の魅力」をテーマに対談して頂きました。

 

鉄瓶職人の佐々木奈美さん
鉄瓶職人の佐々木奈美さん

 

缶詰技術研究会の米山恭生さん

 

伝統の手作りと、生活を支える大量生産の缶詰。

 

 全く方向性の違うふたつにも思えますが、意外な共通点もありました。

 

生活を豊かにする南部鉄器

岩手県奥州市にある佐々木さんの工房
岩手県奥州市にある佐々木さんの工房

 

 長い歴史と伝統を持つ南部鉄器。佐々木さんによると、いま南部鉄器の購入においてある変化が起きているそうです。

 

「コロナ渦で以前よりもお家で過ごす時間が増えたという方が南部鉄器を購入してくれることが増えました。これまでは購入には至っていなかった方がこの1年、家での時間を大切に過ごすためにと購入してくれています」

 

 南部鉄器を購入する層としては40代以上の女性が最も多いそうです。また、海外に目を向けると南部鉄器の人気は近年高まってきており、その輸出額は2010年から2017年の間に倍増。年間の輸出額は1億円を超えています。

 

南部鉄器

 

 生活を豊かにする選択肢として選ばれ、海外においても人気を集めている南部鉄器。その魅力はどういった点にあるのでしょうか。

 

 佐々木さんは南部鉄器の実用面での魅力をあげます。

 

南部鉄瓶で沸かしたお湯は通常よりも味がまろやかになることに定評があります。日常のお茶などをより美味しくすることができ、また健康のために鉄分の補給もできる、こういったメリットから南部鉄瓶を購入する方がいらっしゃるのです」

 

佐々木さんのつくる鉄瓶は量産化が難しいもの
佐々木さんのつくる鉄瓶は量産化が難しいもの

 

 南部鉄器の代表的な商品に南部鉄瓶というものがあります。南部鉄瓶はお湯を沸かすための道具で、沸かす際に鉄瓶の内側の鉄分が分泌されることで知られています。実は、南部鉄瓶を使ったお湯はアルミやステンレスで沸かしたお湯の約15倍から19倍の鉄分が含まれるのです。

 

 そして、南部鉄器の魅力は実用面だけではありません。南部鉄器はひとつひとつが職人の洗練された技術によって生み出されています。この400年以上も伝承されてきた伝統の技術にこそ南部鉄器の真骨頂があります

 

南部鉄器と缶詰、それぞれの試行錯誤

 南部鉄器は完成までに細かく分ければ80以上の工程があり、その工程の多くの箇所で高度な技術を要します。簡単に作れるものではなく、佐々木さんも6年間の修行を経て独立しました。また、独立した今でも試行錯誤の毎日だと言います。

 

鉄器素材

 

「たとえば、注湯(鉄を流し込む作業)で失敗してしまった時に、この工程を改善すればよかったと分析しても、実際は別の工程の改善が必要だったということがあります」

 

 南部鉄器が完成するまでの過程を大きく分けるとデザインの作図、作図を元に鉄を流し込む鋳型を作る過程、鉄を流し込む鋳込みと呼ばれる作業全般、そして仕上げとさまざま段階があります。そして、それぞれの段階でさらに細分化された多くの工程があります。

 

 この複雑な工程を経て、ひとつひとつの南部鉄器が手作りで生み出されています。

 

私が一度に手がける南部鉄器

 

「私が一度に手がける南部鉄器は10個程度ということが多いです。私が一度に作る南部鉄器の数は少ないほうと言われますが、それでも伝統的工芸品としての南部鉄器は多くの時間と手数をかけて完成させるため、量産できるものではないと実感しています」

 

夫の下野典行さん
夫の下野典行さん。細い注ぎ口の鉄瓶職人を作られています

 

 まさに職人の世界といった南部鉄器ですが、缶詰の容器(スチール缶)がつくられる過程にも同様の試行錯誤があるそうです。米山さんは缶詰の容器におけるシステム設計の重要性を話します。

 

「ひとくちに缶詰の容器と言っても中身が違えば、蓋が開けやすくて食べやすい切り口、中身の保護機能でそれぞれに最適な形状や状態が違います。この状態を作り出すまでは試行錯誤の繰り返しです」

 

 そして缶詰の容器は一度システムを動かしてしまえば大量生産が開始されます。こういった缶詰の容器、つまりスチール缶の性質上の注意点もあるそうです。

 

「実際に生産ラインに乗せてもひとつでも基準を満たせない物が出るようでは世に出せません。全ての缶詰の容器が問題ない状態で生み出させる100パーセントのシステムをつくる。このことがスチール缶づくりのスタートにあります」

 

高いスチール缶のリサイクル率、鉄製品は環境負荷が少ない

 

鉄製品は環境負荷が少ない

 

 システムづくりに試行錯誤が必要なものの、システムが完成さえすれば後はほぼ自動的に製品が生み出されていく缶詰の容器。一方の南部鉄器は制作過程において失敗することは珍しくないそうです。

 

 しかし、仮に失敗したとしても鉄製品ならではの環境負荷の少ない循環がありました。佐々木さんは鉄のリサイクル面での魅力を話します。

 

南部鉄器で使用する鉄は溶かすことで何度でも再利用可能です。仮に失敗しても廃棄する必要はありません。作品が完成するまで繰り返しリサイクルできる点は鉄のメリットだと思います」

 

こちらの模様が入った型に鉄を流し込みます
こちらの模様が入った型に鉄を流し込みます

 

 鉄の他にも南部鉄器で作る過程で使用する道具も、砂や粘土といった自然の中にある素材が使われています。環境に優しい循環によって南部鉄器は生み出されているのです。

 

 南部鉄器づくりに伝統として定着している環境負荷の少ない手法。一方の缶詰もリサイクルという観点で特筆すべき数字を誇っています。米山さんは具体的な数値をあげて説明します。

 

⽸詰用の容器として利用されることの多い、鉄で出来たスチール缶はリサイクル率が⾼いのも特徴です。10年以上リサイクル90パーセント以上を維持しています。2020年度はリサイクル率が94パーセントと過去最⾼も更新しました

近年の数値で⾒るとプラスチックや紙パックなどのリサイクル率は 40パーセント台、ガラス瓶は60パーセント台となっています。⽸詰用のスチール缶は⽇本において⾮常にリサイクル率が⾼い容器のひとつです。

 

 環境面へのメリットは、高いリサイクル率ほどには多くの人に認知されていないのが現状です。米山さんは改めて呼びかけます。

 

「鉄は環境に優しい素材で、リサイクルの取り組みも非常に高い水準で循環しています。このことはもっと多くの人に知ってほしいポイントですね」

 缶詰用の容器は色々な素材が使われていますが、その中でも、とりわけ鉄でできたスチール缶の缶詰は南部鉄器と同じ鉄という素材でできており、南部鉄器と同様に地球環境負荷が低い容器と言えます。

 

一生モノの南部鉄器、変化する楽しみ

 

⽸詰用のスチール缶が⾼いリサイクル率を誇る⼀⽅、南部鉄器にはこれとは別の環境負荷の少なさがありました。

 

「南部鉄器は、お手入れをちゃんとすれば半永久的に使うことができます。南部鉄器はひとつひとつが一生モノの価値があります」(佐々木さん)

 

 ずっと使用し続けることができれば環境への負荷は当然発生しません。この点、南部鉄器は環境負荷が全くかからない可能性もあります。そして長く使うことは、南部鉄器の楽しみの醍醐味でもあります。

 

「時間をかけて使いこんだ南部鉄器は色見が変化していくなど、それぞれでオリジナルの味が出てきます。時間をかけてゆっくりと変わっていく南部鉄器を長く愛用してほしいですね」

 

佐々木奈美さん

 

 南部鉄器の高い耐用性、これも鉄製品ならではのメリットです。生活を豊かにするために南部鉄器を購入する人の中には、南部鉄器の一生モノの魅力に惹かれている人も少なくないでしょう。

 

 さまざまな観点からの魅力がある南部鉄器。最後に佐々木さんの思う南部鉄器の魅力を話して頂きました。

 

「私自身は南部鉄器づくりが難しいからこそ、惹かれている面があると思います。難しく、試行錯誤も多い分、完成した時の喜びは大きいです。そういった職人の技術と魂の入った南部鉄器をぜひ多くの方に手に取ってみてほしいです」

 

 米山さんは缶詰の容器と南部鉄器の双方のメリットを見出し、そして未来について期待を交えつつ話します。

缶詰の容器は高いリサイクル率、南部鉄器は大切に長く使ってもらえる。方向性は逆ですが、いずれも鉄の特性を活かした環境への優しさがあります。ゆくゆくは缶詰用のスチール缶をリサイクルした鉄を利用した南部鉄器というように、何かのコラボできたらおもしろいかもしれません」

スチール缶

 一生モノの南部鉄器とリサイクル率の高い缶詰の容器。それぞれで方向性の違う環境負荷の少なさを実現しています。そしてその根底にはいずれも鉄の存在がありました。