1.序論
近年地震や台風などの自然災害が多く発生している中、調理不要で長期保存できる備蓄食品の注目は高まってきている。長期備蓄食品としてはアルファ米やパンの缶詰、サバの缶詰等の酒食や主菜商品は多く開発されてきた。しかし、長期間に渡る避難生活では、主食や主菜のみの食事では満足できないという報告もされている。避難初期では確かに「空腹を満たすためにまず食べたい」という状態が継続する。しかし、避難生活が長引くにつれ、「炊き立てのご飯が食べたい」、「温かい味噌汁を飲みたい」「デザートも欲しい」というように、人の気持ちは変化する。
しかし、災害時にはライフラインが途絶されていることが多く、炊き立てのご飯を作ることや食品を温めることは極めて困難である。東日本大震災を例に挙げると、ライフラインの復旧には1か月以上も要していた。(95%以上の世帯が通常に使用できるまでに要した時間は電気1週間、水道3週間、ガス5週間)。1か月にも渡る避難生活では、避難者への精神的なサポートも不可欠になることから、生活の質(QOL:Quality Of Life)向上への注目が高まっている。このことから、我々の得意とするレトルト缶詰技術を利用し、温めなくとも美味しく食せる商品でかつ、QOL向上に寄与できるような商品の開発を試みた。
まず、長期備蓄食品として必要な条件は、賞味期限が長いこと、常備保管できること、調理を必要とせず食べられることが挙げられる。それらの条件に加え、QOLに寄与できるような商品として常温で美味しく食べられるケーキを提供出来たらと開発を開始した。
下記より、ケーキ缶開発における課題とそれらを解決するための技術について記述していく。
2.なぜケーキの賞味期限は短いのか
賞味期限の定義は「定められた方法により保存した場合において、腐敗、変敗、その他品質の劣化に伴い安全性を欠くこととなる恐れがないと認められる期限を示す年月日」となっている(食品衛生及びJAS法)。一般的にケーキの消費期限は、冷蔵保存しても1週間で短い。例を挙げると、ガトーショコラ等の焼き菓子では5日程はあるが、レアチーズケーキ等の水分が多いものだと3日程度である。それはスポンジ生地の主成分である液卵、砂糖、小麦粉、コーンスターチに細菌が多いこと、さらにケーキ製造の最終工程には殺菌がないことが起因していると考えられる。また、ケーキは気密容器に保管されていないため二次汚染を受けやすい。まとめると、ケーキは短期間で腐敗等の安全性を欠く恐れがあるため賞味期限が短くなるのである。
3.ケーキ缶詰にすることで、常温で長期保管することを可能にした
常温で長期保管できる安全なケーキを作るためには、「殺菌を施しかつ菌の二次汚染を防ぐこと」、「品質の劣化を抑えること」を必要とする。以下より、ケーキの菌が繁殖する要因と品質劣化がどのように起こるかについて、そしてそれらの懸念をどのように解決したかについて記述していく。
(1)ケーキ(生菓子)で菌が繁殖する条件
一般的に、菌の繁殖は①栄養源(炭素、窒素、ミネラル)があること、②水分活性が高いこと、③食品の保管条件が菌の繁殖に適した温度にあるという③3つの条件で起こる。
これらのことを考慮すると、残念なことにケーキは極めて菌が繁殖しやすい条件が整っている。まず、記事の主成分である小麦は、タンパク質を多く含むため栄養分が豊富である。さらに、焼成工程では、生地中の水分を蒸発させて生地を膨張させる必要があるため、生地にはある程度の水分が必要である(一般的にケーキは30%以上の水分を含む)。また、細菌の多くは冷蔵庫内の温度の目安である10℃以下では増殖が遅延するが、死滅する訳ではない。以上の3つの条件が、ケーキの菌繁殖を進めている。
(2)食品の品質劣化が起こる条件
食品の品質劣化は、上記に記した菌の繁殖以外にも、「酸素」、「光」、「乾燥」によって起こることが知られている。まず「酸素」を起因とする劣化は、空気中の酸素が食品中の脂肪や色素を酸化させるこで酸化臭が発生し、また変色が発生することで起こる。次に「光」による劣化は、光によってビタミン類が破壊し、また色素を退色させることにより起こる。最後に「乾燥」による劣化は、乾燥食品や粉末食品が空気中の水分を吸湿し固化や潮解が起こること、また食品中の水分が気化することで乾燥し固くなる何度の物性が変化することで起こる。
(3)ケーキを缶詰にすることで、殺菌と品質劣化の抑制ができた
前述したように長期保存できるケーキは「殺菌し、かつ菌の2次汚染を防ぐ」ことと、乾燥や酸素、光を起因とする「品質劣化を抑える」必要がある。缶容器はレトルト殺菌による微生物制限を容易に施せる。さらに、ケーキ缶は生のケーキ生地(以下、生生地)を缶に充填した後に巻き締めてレトルトを行っているため、殺菌後から開封することで、殺菌を十分に施せ、かつ二次汚染を防ぐことができる。さらに、缶容器は丈夫であり気密性や遮光性が高いため、乾燥や酸素、光を起因とする品質劣化を抑制できる。よってケーキを缶詰にすることで、常温でかつ長期保管が可能になると考えた。
4.ケーキ缶の作り方概要
①【調合】生地を調合した。
②【充填】缶容器に生生地を充填した。
③【減圧密封】缶内の空気を抜きながら缶の蓋を巻き締めた。
④【殺菌・焼成】缶容器をレトルト装置に入れ、殺菌・焼成を行った。(第1図)
5.食感・見た目・味をケーキとして遜色のないように作る技術
4.にケーキ缶の作り方を簡単に記述したが、各々の手順に独自の技術が詰まっている。ここでは、下記3点に絞ってケーキ缶作りの技術を説明する。
(1)生生地の粘度調整をする技術
第2図焼成前の生地と焼成後における生地の固さの関係(例:パウンドケーキ)
ケーキ缶の開発を進めるにつれ、生生地の固さがそのまま、焼成後の生地の固さになる訳ではないことがわかった。パウンドケーキの生地を例に挙げると、生生地の固さより焼成後の生地は固くなる傾向があった(第2図)。ケーキの種類に応じて記事の焼成前後における固さの相関を調べ、ケーキ缶に適した生生地の固さを設定した。
(2)膨らみの調整をする技術「特許取得」
オーブンで焼成するケーキ(通常通りに焼き上げる方法)と、缶内でのケーキの作り方を比較し、特許技術について説明する。
①オーブンで焼成するケーキの膨らむ原理
通常のケーキは生生地を調合した後に型に流して蓋をせずにオーブンで焼き上げる。この蓋をせずにオーブンで焼く工程が、ケーキを膨らませる上で大事になる。ケーキはオーブンで焼成する工程で生生地の水分が膨張し生地を押し上げることで膨らむ(水が水蒸気になると体積は約1700倍に変化する)。その際に、生地内に収まらない分の水蒸気は生地の外(オーブン機器)へ移動し、ケーキ内の水分量と生地の膨らみのバランスが取れていく。
②缶容器の中でケーキを膨らませる方法について
前述したように缶容器は密閉されている。そのため焼成8レトルト)した際に、生生地中に含まれる水分の異動先がなく、缶容器の空気層中に滞留し、その水分がさらに膨張することでケーキの生地を押し下げてしまう(第3図のOkPa)。そのため、生生地中の水分の異動先を確保するために、空気層の空気を脱気し、真空度の高い状態にした。そうすることで、水分の移動先が確保され、生地を押しつぶす要因が減り、缶中の生生地を十分に膨らませることが可能となった(第3図の-40KPa)。しかし、真空度が高すぎると生地の膨らみが強くなり気泡が弾けたような見た目になる(第3図の-80KPa)。この技術を「包装容器の密閉後に生地を焼成処理しても、良好に生地を膨張させることが可能な容器入りベーカリー製品及びその製造方法」の内容にて2018年5月に特許を取得した(特許番号6338317)。
(3)焼成と殺菌を兼ねたレトルト技術
前述したようにケーキ缶は生地の状態のまま密閉しているので、レトルトにて焼成と殺菌を行うことになる。つまりケーキのレトルト条件は、焼き上げるために最適な条件でかつ、微生物を死滅させるのに十分な効力を有する条件を兼ねることを必要とする、
まずチーズケーキを例に挙げると、レトルト時に過熱しすぎると、生地にすが入りぼそぼそという食感になる。そのため、チーズケーキは低温でのレトルトを施した方が良い。またケークサレを例に挙げると、焼き菓子は表面に焦げ目を出した方が見栄えが良くなるため高温での殺菌を施した(第4図)以上の条件で試作し、食品衛生検査指針にのっとり微生物検査を実施し、一般菌、カビ、公募はo CFU/g、大腸菌群は陰性で汚染菌はないことを確認した。
余談ではあるが、ケーキ缶と類似した商品としてパンの缶詰がある。パン缶のよく知られている製法は
①缶にグラシン紙カップを入れ、その中に生生地を入れてオーブンで焼成する。
②パンを覆い隠すようにグラシン紙を閉じ、アルコール等を殺菌のために噴射する。
③缶の蓋を巻き締める、という工程を経る。このようにパン缶は焼成した後に巻き締めており、その後殺菌工程はない。パン缶と比較すると、ケーキ缶は巻締後に殺菌を行っているので、微生物汚染リスクを限りなく抑えることが出来ると考える。
6.結論
缶容器を包材として使用したことで、レトルト殺菌を容易に施すことが出来、かつ菌汚染の懸念をなくすことができ、さらに乾燥や酸素、光を起因とした品質劣化も防止できた。また、生生地の粘度調整、真空値の設定、レトルト殺菌条件設定をケーキの特性に適した条件に導いたことで、食感・見た目・味をケーキとして遜色のないように作ることが出来た。このように、ケーキの殺菌繁殖や二次汚染の問題、品質劣化を起こしやすいという問題を、缶容器と内容物充填技術を組み合わせることで解決し、常温で1年の賞味期限を持つケーキ缶の開発が出来た。
実際の製品化までには、内容物の処方面では水分量の設定、退色しにくい素材の選定、充填時には新空圧の領域幅検討、内容量の選定など様々な条件設定が必要となったが、これらの課題も解決したことでケーキ缶の製品化に至った。2017年4月よりチーズケーキ、マンゴーチーズケーキ、ケーキサクレ、ガトーショコラの4種を販売している。(第5図、第6図)
本製品の特徴としてはレトルトで殺菌しているため、保存料(食品中にいる菌の増殖を抑制する食品添加物)は必要とせず、添加していない。また常食としても食せるような遜色のない味となっていることも特徴である。そのため、長期保存食品としては1年という短い賞味期限であるが、ローリングストック(非常食を定期的に飲食し、使用した分を補填するという備蓄方法)を行い、ケーキ缶を常日頃から食べて頂きたい。
これらの技術はケーキだけでなくその他の粉もの製品にも応用できる。この技術を応用し、災害職をさらに充実することで、避難者のQOL向上に貢献し、今後も新たな商品開発を進めていこうと思う。
尚、本製品のお問い合わせは、大和製罐株式会社ホームページ
トップページ | 大和製罐株式会社 (daiwa-can.co.jp)
の”ご相談、ご質問”のコーナーからお願いします
大和製罐株式会社総合研究所 第3研究室 又吉りえ
《参考文献》
・中山弘典・木村万紀子(2009). 科学でわかるお
菓子の「なぜ?」 柴田書店
・河田昌子(2013). お菓子「こつ」の科学 柴田書店
・横 山 理 雄(1998). 食 品 の 劣 化 と 保 存 技 術
Materials Life, 10, 173 ~ 180
・鈴木信夫(1996). レトルト食品を知る 丸善
・鎌田恒男(2006). これからの非常食・災害食に求められるもの 光琳
引用元